姫路城を観光して、城内にある姫路神社へ向かう。姫路城の喧噪が幻のように人がいない。晴れていてとても暑い。ここは、姫路城の北東にあたり、鬼門の方角だが、由来によると、明治4年の廃藩置県の時に、姫路城主を御祭神として、創祀(そうし)され、別の場所に社が作られたが、その後、城内へ遷座してきたそうだ。ここからは、AIによるので、信頼性は分からないが、元々この場所には、城の鬼門を守る「聖なる姫山の森」があったそう。
境内以外に参道はなく、鉄の門を入ると、鳥居がある。

鳥居からは、木が茂り、拝殿はあまり見えない。

参道を50mくらい歩くと、拝殿へ。屋根が左右方向にあまり広がっておらず、きゅっとしまった感じの社殿。それと、とても大きな狛犬が目立っている。拝殿は、入母屋造(いりもやづくり)で、正面に千鳥破風(ちどりばふ)を付けた向拝(こうはい)を持つ構造。向拝とは、拝むところの上まで屋根が延びている構造のこと。

左の吽形の狛犬。色が黄色っぽく見えたのは、石の色ではなく、表面を覆った地衣類の色だった。肩の筋肉が少し盛り上がっている。胸のところにあばら骨のような筋があるのは、珍しいかも。右の阿行もほぼ同じ形。

しっぽは、1本で天を向いて立っている。胴としっぽは離れている。

拝殿を左側の横から見たところ。しめ縄もあって、一瞬正面のようにも見える。本殿の写真は撮り忘れた。

左側の道を進むと、境内社の寸翁神社がある。

木の下をくぐって、拝殿へ。質素な感じの社殿。

床が石でできていたので、拝殿に入り、賽銭箱の上にあった神額。これも、割拝殿と呼んでよいかよくわからない。

この神社の祭神の河合寸翁(すんのう)氏の像。彼は、姫路藩の家老で藩が困窮しているときに、農民思いの改革を行なったり、藩の大借金を綿の産業を立て直して、すべて返済するなど、他にもいろいろ地元貢献したそうだ。姫路で知らない人はいない名士だそうだ(多分、小学校の社会科で習うレベルの人)。御朱印をもらった時に、そこの方に、その話を聞いて、寸翁神社を参拝するように進められた。
さらに、神社内で取れる3本の葉を持つ縁起物の松の葉をいただいた。このとき、授与所内は冷房がよく効いていて、窓を開けて話をしたので、冷気があたってとても気持ちよかったのが忘れられない。

さらに、奥に進むと、もう一つの境内社、岩倉稲荷神社がある。大正時代に遷移してきたそうだ。狐の狛犬が立派で、筋肉が隆々としている。目もいわゆる狐目で怖い。

後ろから見ると尾が大きく存在感がある。狐の狛犬のしっぽは普通このようにとても大きい。

境内にあった針塚。*塚は、割と好きなジャンル。

茶筅(ちゃせん)塚は、ちょっと珍しいと思う。毎年供養が行われているのだろうか。それほど広い境内ではなかったが、他にもいろいろあって楽しめた。

2025年7月 訪問
参考サイト
姫路神社HP
二俣町内会 河合寸翁