延岡市の旧北浦町の港の民宿のようなところに泊まった時に、食堂で市振(いちぶり)神社のポスターを見かけた。神楽も保存されているそうでノーマークだったが、次の日、朝一番で訪問してみた。
参拝者駐車場がわからず、鳥居近くの地域の共同駐車場のようなところに留めた。そこから、100mぐらい北側へ参道が続く。鳥居から海までも200mぐらい。山が迫り家が密集している。道は狭い。

境内に入るところに、二の鳥居。境内は高い木で覆われて、木漏れ日が入る程度で暗め。実は、この左側が、駐車スペースだったようだ。

早朝のすがすがすがすがしい空気が気持ち良い。

瓦葺きで白木の拝殿の戸は閉まっていた。書き置きの御朱印もないようだ。

拝殿にあった額

拝殿は入母屋造(いりもやづくり)で、中は広そう。ここで神楽が奉納されるのだろう。本殿は写真がない。木鼻(きばな)や海老虹梁(えびとうりょう)には、細かな彫刻が施されているが、彩色はない。


右側の阿行の狛犬、立ち上がり前足を玉にのせている。頭頂に角はない。少し目の荒い花崗岩のような岩が風化してザラザラ感が大きい。尻尾はまっすぐに天を向いている。写真は緑かぶりしているが、苔むした感じではなく、明るい灰色。

狛犬は後ろからも尻尾などに特徴が出るらしい。台座の文字情報も重要らしいが、まだそこまで達していない。

左側の吽形(うんぎょう)の獅子、こちらも玉にのりポーズはほぼ同じ。この玉に乗るタイプは、広島中心に広がっているらしい。宮崎ではわりとよく見かける。胴に対して頭が大きいので、少し幼い感じを受ける。子どもの狛犬か。


神社昇格記念碑とある。由来によると、「明治4年11月、小字本村鎮座の恵美須神社(祭神事代主命)、小字本村鎮座の地神社(祭神大己貴命)、字浜鎮座の厳島神社(祭神市杵島姫命)を合祀して、社号を市振神社と改め、明治五年には社格を村社と定められた。」とあるので、そのころのものか。当時は、神社が政府によって保護されていて、寄付金なども出たので社格は重要だったようだ。

拝殿から振り向いた光景。神社全体が木のトンネルのようになっていて、まだひんやりしていた。

前日に、延岡市内のショッピングモールのお祭りでたまたま観覧した小学生ぐらいの子供も舞う神楽が市振神楽だったことを後から知った。ラッキーだった。
2025年 5月 訪問
参考サイト、文献
神社関係 用語メモ(当サイト)
宮巡 市振神社
建築様式関連
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