JR加古川線に乗って日岡駅下車。快晴で気温は30度を超えていて暑い。真新しい駅舎を出て、川を渡るとすぐに参道にでる。左を見ると遠く(200m弱)に大きな一の鳥居がわかる。時間が限られているので、往復は諦めた。

150mぐらい歩くと、随神門と呼ばれている大きな門がある。駐車場の関係か塀はなく、門だけが建っている。屋根にはシャチホコがおり、仏教の影響を受けた様式

門をくぐると駐車場でアスファルトになっているが、参道は続く。左右は境内社が並んでいる。

大きな灯籠あたりから参道を見ると、やや下りの傾斜なっているが、下がり宮というほどではない。右には大きなビルの社務所が見えている。広い境内、暑さのせいか参拝客はいない。大きな安授姫(あんじゅひめ)とタケルくんの看板が出迎えてくれる。安授姫は、ここに建立されている安授殿から名前がつけられているようだが、口の形や尻尾があるように見えるので、犬のキャラクターか。HPにはキャラクターの解説はない。

手水舎。これもお寺のイメージが強い建築様式。暑いので、水で手を清めるだけでも気持ち良い。

この神社は安産の神のアピールがとても強く、干支の蛇の絵のキャラクターたちの2m以上ある絵馬が目立つ。

6月の夏越の祓(なごしのはらえ)の茅の輪が残っていた。この時期神社に参ることはあまりなかったので、茅の輪くぐりは個人的に珍しい。

その向こうにしめ縄鳥居が建っていたが、左右の柱が非常に立派な花崗岩の柱。柱の頂上に何やら文字が彫ってあるが読めない。帰って調べて見ると、右側には奉納の奉と彫ってあるらしい。

続いて、狛犬。これは右の阿行。砂岩のように見える。白い地衣類や苔がびっしり生えていて、地の石が見えている面積の方が少ないくらい。

後ろから見たところ。尻尾の巻き毛が楓のように5本ぐらいに分かれて、大きく開いている。

左側の吽形。

尻尾の形は、阿行と同じ。

やっと拝殿へたどりついた。コンクリート造りで茶色の柱に白系の壁。神前幕や表装の金具などは、三つ巴の神紋が使われている。

拝殿を横から見たところ。本殿は一段高いところにあり、拝殿と繋がっている権現造り。

本殿は全体像がよくわからなかった。この右手に大正時代に社務所として建てられた安授殿があったのだが、パスしてしまった。

拝殿から振り返って見た参道の方向。左手に見えているのが社務所。参道との間はとても広い広場になっている。

歯固めの石の返却場所。確か、社務所に歯固めの石を授与してもらうところがあった。これも安産の神の神社らしい場所。

狛犬の近くの地面にあった首の取れた蛇のような置物。対になっていないか探したが、これ一つしかなかった。HPにも特に由来は書いてなかった。
さて、日岡神社は東播州で最も大きな神社といわれ、式内社でもあることから、境内社がとても多い。そして、その社がどれも、個性的で、とても立派だった。まずは、下の写真の右側は、恵美須神社で、蛭子様を祀ってある。左側は、高御位神社(たかみくらじんじゃ)で医薬神と書かれていた。これは、調べてみると加古川市にある高御位山にある高御位神社の分社のようで、地元の神社(神様)のようだ。各社は千木(ちぎ)の切る方向が違い、鰹木の数や屋根の形も違っている。

これは、駐車場のところにある熊野神社。社は小さいが、その前の灯籠が大きい。

こちらは、住吉神社の末社。小さいがコンクリートとタイルでできている。

斜めから見たところ。土台が丸いタイル、壁は黒い四角のタイルで装飾されている。見たことなかったが、面白い造形。

後ろ側から見たところ。屋根もタイルのようで、作成したタイル職人のこだわりが感じられて好きだ。

居屋河原日岡神社
説明書きによると、居屋河原(いやがわら)日岡神社は通称 大鳥居神社と呼ばれていて、加古川町の居屋河原から昭和46年に移転したとあった。これだけではよくわからないが、調べてみると、元は日岡神社の兄弟社(けいていぐう)で、街の中にあったが日岡神社が火災で焼けた後に境内社として、遷座したらしい。詳しくは、下の「日岡周辺ガイド」にあるが、このパンフは他の記事もなかなかおもしろい。

鳥居をくぐるとすぐにしめ縄鳥居があり、石畳の参道が伸びている。

拝殿の中のようす。中で座ってくつろげるようになっている。初めてみる形だが、割拝殿では無いと思う。

拝殿を横から見ると、全体はこの様になっている。

本殿。一間流造の立派な作り。

日岡神社の周辺には、日岡御陵という古墳があり、その周りは公園として整備されている。時間があれば行きたかったが、日岡神社が思っていたより盛りだくさんで、時間が無くなり残念。
2025年 7月訪問
参考サイト
